大判例

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最高裁判所大法廷 昭和36年(あ)2986号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意について。

所論第一点は、判例違反をいうけれども、引用の判例は、所論の公益事業令失効後における経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律(以下整備法という)二条、別表乙号二九号の効力自体に関し、なんら判断を示したものとは認められず、本件には適切でない。それゆえ、所論は前提を欠き、適法な上告理由に当らない。

同第二点、第三点は、いずれも、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

職権をもって調査すると、本件公訴事実は、被告人は架線用金物の製造販売を営む佐藤鉄工株式会社の常任監査役であって、昭和二五年初頃から関西配電株式会社(昭和二六年五月関西電力株式会社と改称)京都支店に出入する業者であったところ、当時、同支店の資材課員として資材課長を補佐して木材その他の資材購入および代金収支手続等の事務を担当していた奥野利弼に対し、自己会社の製造にかかる前記金物の納入ならびに代金受領につき便宜な取計いを受けた謝礼および将来とも同様の便宜を得たいとの趣旨で、京都市下京区八条二人司町の右奥野利弼方において、(1) 昭和二五年八月頃現金三千円を、(2) 同年一二月頃現金五千円を、(3) 同二六年八月頃現金五千円をそれぞれ供与し、もって同人の職務に関し贈賄したというのであり、右所為は、整備法二条、別表乙号二九号に規定する賄賂の供与に当るものとして、同法五条一項の罰則の適用を求められたものである。しかるに、原審は、公益事業令(昭和二五年政令三四三号、同年一二月一五日施行)が、原判示の経緯で昭和二七年一〇月二四日限り失効したことにより、同令により許可を受け電気事業を営んでいたものの役職員は、右罰則の構成要件的身分を失い、同令失効後右と同じ行為をしたとしても、整備法によって処罰することはできず、たとえ、同法別表乙号二九号は形式的に削除されなかったとしても、昭和二七年法律三四一号電気及びガスに関する臨時措置に関する法律の制定をみるまでは死文化していたものであるから、本件は、犯罪後の法律の変更により刑の廃止があったものと解し、刑法六条、刑訴法三三七条二号により被告人を免訴している。

しかし、法令により許可を受けて電気事業を営む事業体の役職員にかかる涜職行為を処罰することを定めた前記整備法の罰則自体は、右事業の許可制を規定する法規の改正の都度、これに照応して、別表乙号二九号中の当該法令部分の改正ないし読替えが行なわれたほかは(公益事業令附則二〇項、電気及びガスに関する臨時措置に関する法律附則九項参照)、本件各犯行当時においては勿論、原判決の指摘する公益事業令の失効した空白期間中においても、なんらの変更も加えられることなく、そのまま存続していたのである。なお、昭和三九年法律一七〇号電気事業法の附則一六項は、整備法の一部改正として別表乙号二九号を削除しているが、同法附則一二項は、「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。」旨の経過規定をおいており、右規定は、右附則一六項による整備法の改正にもかかるものと解するを相当とするから、右電気事業法の施行された現在においても、整備法の罰則自体は、従前の違反行為に関する限り、依然効力を持続することに変りはない。しかも、公益事業令は、本件整備法違反の事案については、単に収賄者のぞくする会社が電気事業を営むにつき必要な許可手続等を規定する法規たるに過ぎない。従って、すでに右許可を受けて電気事業を営む会社の役職員は、整備法二条による収賄者たる身分を失い、ひいてはその贈賄者を処罰する同法五条一項の刑が廃止されたものと解するのは相当でない。しからば、公益事業令の失効に伴う電気事業に対する許可制の一時的空白は、贈賄者たる本件被告人につき、すでに成立した本件の罪責を左右するとは解されず、原審が同令の失効を根拠として、本件は犯罪後刑の廃止があった場合に当るとして、被告人を免訴したのは、刑の廃止に関する法令の解釈適用を誤った違法があるものというべきで、(ちなみに、公益事業令の失効後、従前の旧電気事業法三三条違反の所為を免訴とした昭和二七年(あ)第一六七六号、同二九年一一月一〇日大法廷判決、刑集八巻一一号一七九一頁は、その適用法規を異にするから、本件に不適切なことはいうまでもない。)右の違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官奥野健一、同山田作之助、同城戸芳彦、同柏原語六の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。

経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律二条は、別表乙号に掲げるものの役職員の収賄行為を処罰する規定であって、同別表乙号二九号に掲げるものとは「公益事業令ニ依ル許可ヲ受ケ電気事業ヲ営ム者」をいうのであるから、若し右公益事業令が廃止されれば、右二九号に掲げるものの役職員の収賄行為を処罰し、同法五条によりその贈賄者を処罰する各規定の可罰性は失われるものと解すべきである。けだし、公益事業令により許可を受け電気事業を営むものの役職員の収賄行為及びその贈賄行為を処罰するためには、公益事業令の存在を前提として、同令により許可を受けることが収賄罪の構成要件をなす犯罪主体の要件であり、また贈賄罪の構成要件でもあるから右公益事業令が廃止されれば、爾後かかる犯罪は成立しないこととなり、右二九号に関する罰則規定が削除されたのと同一の結果となるからである。そして、また、公益事業令の廃止は、右乙号二九号に関する犯罪自体を否定するものであるから、右二九号に関する罰則規定が限時法的性格を有するものと解しない限り、右公益事業令の廃止は、それ以前に為された同号に関する処罰規定違反の行為については、犯罪後の法令により刑が廃止された場合に認当するものと解すべきである。けだし、同令廃止後は、同じ行為をしても、犯罪ではなくなり、これを処罰することができなくなるのであるから、特に廃止前の行為をなお処罰する旨の経過規定を設けない限り、刑の廃止と解するの外はないからである。

本件公益事業令の失効は、いわゆる厳格な意味における廃止と異るといえども、客観的に見れば、当該罰則法令がその効力を失ったものである以上、処罰を受ける者の側からいえば、失効も廃止も、同様に解すべきことは、罪刑法定主義の見地より当然であり、立法者の主観的意思により左右されるべきものではないのである。

本件の場合における公益事業令の失効が、国会のいわゆる抜き打ち解散という立法者の全く予期しない事態によって、ひき起された偶然の結果であっても、客観的に失効した事実には変りはなく、固より失効前の行為を処罰すべき経過規定もなく、また暫時を出でずして同令は再生せしめられたものであっても、それは事後立法によるものであって、遡及効は認められない。

然らば本件において、同法二条及び同五条の罰則規定の内容をなす別表乙号二九号の公益事業令は、昭和二七年一〇月二四日限り失効したので、同令による許可を受けて電気事業を営んでいたものの役職員は、同日以後、犯罪の構成要件たる身分を失い、乙号二九号に関する刑罰法規は実質的に廃止されたと同様に解すべきことは前述の如くであるから、本件は犯罪後刑の廃止があったものとして免訴すべきものであると考える。

かかる考え方は、関税法違反事件における島の帰属に関する命令の変更(従前外国とみなされていた南西諸島が政令の変更により外国とみなされなくなった場合に関するもの)が「刑の廃止」に当るものと解した昭和三二年一〇月九日大法廷判決、また静岡県条例たる集団示威運動の規制が、警察法の改正に伴う許可機関の廃止により失効したものとして、「刑の廃止」を認めた昭和三五年七月二〇日大法廷判決の趣旨にも合致するのである。すなわち、前者は奄美大島が外国とみなされなくなった後は、同島に対する密輸出入行為は犯罪を構成しないものとなったので、その行為の可罰性は失われたものと判示したものであって、固より一般に外国に対する無免許の輸出入を処罰する関税法の規定の可罰性は毫も失われているものではないが、奄美大島に対する密輸出入行為の可罰性は失われたとするものであり、また後者は、静岡県条例に関するものであって、市町村自治体警察及び市町村公安委員会が廃止された結果「所轄の市町村公安委員会の許可を得なければ示威運動を行うことができない。」との同条例二条は、死文化したものとして、刑の廃止に該当すると判示したものであり、固より同条例において一般に無許可の示威運動を処罰する可罰性は失われていないのである。殊に、後者は恐らく立法者の立法技術の拙劣の結果、右条例二条の規定が死文化したものであると考えられるに拘らず、これを刑の廃止と同視したものである。また更に昭和二七年(あ)第一六七六号同二九年一一月一〇日大法廷判決は本件公益事業令の失効は、電気事業法三三条違反の所為については、刑の廃止があったものとして免訴すべきであると判示しているのである。

叙上従来の当裁判所の考え方を踏襲する限り、本件は刑の廃止にあたるものとして免訴すべきである。なお本法二条及び別表乙号二九号に関する罰則規定が限時法的性格を有するものでないことは原判決の判示のとおりである。よって本件上告は棄却さるべきものである。

裁判官城戸芳彦、同柏原語六は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。

裁判官山田作之助の反対意見は次のとおりである。

一、公務員でもないのに、電気事業を営んでいる会社の役職員にかかる涜職行為が、涜職罪として処罰せられる所以のものは(その法律上の根拠は)、昭和一九年成立同年から施行されている経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律(以下単に整備法という)によるもので、すなわち、整備法第二条において、鉄道事業、電気事業を営むもので、同法別表乙号に掲げられている会社の役職員にかかる涜職行為を罰する旨が規定されており、そして、右別表乙号に、その「二九」として、「公益事業令ニ依ル許可ヲ受ケ電気事業ヲ営ム者」と特定して記載していたからである。(当時は、電気事業会社は総て、公益事業令による許可を受けていたのであるから、いずれも所謂整備法該当会社であったのである。)

然るに、原判決認定の如く、前示公益事業令は、昭和二七年法律第八一号ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件の廃止に関する法律の施行に伴い、昭和二七年一〇月二四日限り失効となった結果、整備法に関する関係においては、同日以降は前記別表乙号二九号に所謂「公益事業令ニ依ル電気事業ヲ営ム者」に該当する電気会社は存在しないこととなり、電気事業会社は前記整備法別表乙号二九号よりはずされ、従って、その役職員の涜職行為を処罰する根拠法規が失われたこととなったのである。

以上の次第で、昭和二七年一〇月二四日(公益事業令失効の日)以前になされた電気会社役職員に関する涜職行為は、行為当時は涜職罪として罰せられていたのではあるが、同日以後は前項説示した事由によりこれを罰すべき根拠法規を欠きこれを罰することができなくなったので、本件は、刑訴法三三七条二号に所謂「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に当るものと解するのを相当とする。原判決が前示刑訴法三三七条二号に則り本件につき免訴の言渡をしたのはまことに正当である。されば、これを否とする本件上告は理由なきものといわなくてはならない。

二、多数意見について一言するに、多数意見も電気事業の許可制を規定する法規の改正がある都度、これに照応して整備法中罰則に関する別表乙号二九号中の当該法令の部分の改正ないし読替えが行なわれたといっているのである。もとより当然のことで、改訂が行なわれなければ処罰法規の不備を生じ罪刑法定主義からしても、その目的とする犯行を処罰し得なくなるからである(ことに、別表乙号二九号は、涜職罪の構成要件である犯罪主体の身分を定めるものであるから、かくかくの会社の役職員の涜職行為はこれを処罰するとする以上、そのかくかくの会社を法律上特定しておかなければならないことはいうまでもない。)されば、前述のように、公益事業令が効力を失った際に、多数意見の所謂これに照応する読みかえ、改正が、整備法、ことに別表乙号二九号において行なわれなかった以上(その空白期間は原判決認定によると約六〇日である)、その空白期間中は、処罰法規の存在を欠くものであり、このことを無視し、なお従前のとおり電気事業会社の役職員の涜職行為を処罰することは罪刑法定主義に反するものというべきである。或いは後日制定せられた電気及びガスに関する臨時措置に関する法律により、所謂空白期間をさかのぼり、整備法に関する事項についてのその法律上の効力を失わざりしものであるといい得るが如きも、右は所謂行政的には後日の立法で従前の事項を処理し得ることを意味するにとどまり、いやしくも人を刑罰に処する場合には、後日の立法をもって空白期間中の効力を補充し、もって罰則規定を充足するが如きは刑罰不遡及の原則並びに刑罰法規に関しては拡張類推解釈を許さずとする罪刑法定主義の原理よりしても許されざるものというべきである。

(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 石坂修一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠)

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